鯨の歴史について

当サイトでは、ご飯に合う、お酒のつまみにも合う塩くじらの販売を行なっています!

今ではなかなか食べられない塩くじらをご賞味ください。

このページでは、くじらの食文化に触れて、是非食べて欲しいという思いから作っています。

長く愛され続けてきたくじらの食文化

くじらの食文化は遡ると、縄文時代まで遡ります。

網掛け突き取り式捕鯨(小川嶋捕鯨絵巻)

沿岸についた寄りくじらに関しては、海の恵みとして利用されていたそうです。

食用として利用されていた以外に、不可食部位の骨などは、土器の製造台としても利用されていたそうです。

飛鳥時代には、仏教が伝来し、肉食が禁止され、魚食が中心になります。

それによって、ますますくじらは貴重な食材として使われるようになりました。

江戸時代には、庶民の食べ物として、各地に鯨食文化が根付いていきます。

敗戦後に国民を救った鯨食

敗戦後、日本は食糧難に苦しみました。

この食糧難を救ったのがくじらです。

食糧難だけでなく栄養価の高いくじらは当時は安価でした。

鯨肉は栄養価の高い安価な食材として庶民の食生活を支え、学校給食でも子どもたちの健康を育む重要なメニューとして供されてきました。

1962年までは国民一人当たりの食肉供給量において鯨が牛、豚、鶏を上回っていたのも事実なんです!

欧米による反捕鯨運動が起こる

しかし、1970年前後から欧米を中心に反捕鯨運動が巻き起こります。

これは、欧米がクジラは保護すべき動物で、食べるのは野蛮だという考えのもとで起こったものです。

それとともに鯨の捕獲規制が強化され、鯨の供給量は年々減少していきます。

1987年に商業捕鯨が停止されると、くじらは高級食材として日常の食卓から遠ざかってしまいました

商業捕鯨の再開

2019年7月1日、31年ぶりに日本は商業捕鯨を再開しました。

供給がストップして、国民の口にすることがなくなったクジラですが、歴史的に日本の食文化を支えてきたのもくじらです。

この歴史を踏まえて、私は多くの消費者の食卓で、くじらを目にする時がまた来ることを願っています。

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